辻村深月の新刊『ファイア・ドーム』の発売日6月5日、私はそわそわしていました。広島は発売日が3日ほど遅く本屋に行ってはまだない……と肩を落として帰る、というのを繰り返していました。辻村深月は古くからのお気に入りの作家です。
ちょうど先週末東京に行く用事があって、旅先にも関わらず我慢できずに上下巻を買い、その日のうちに800ページ超を読み切ってしまいました。
辻村深月のエッセイにこんな一文があります。好きな作家の新刊が楽しみだから、その発売日までは生きていなくてはならない、と。読んだとき、まさにそのとおりだ、と膝を打ちました。今月は北山猛邦の『「石球城」殺人事件』が楽しみでたまりません。今年はあと何冊、こういう本に出会えるでしょうか。
最近、舞城王太郎『みんな元気。』『スクールアタック・シンドローム』『キミトピア』『淵の王』を立て続けに再読しました。いちばん好きな作家です。読みながら、ふと思いました。未知の作家の傑作を引き当てる喜びももちろんあります。けれど、大好きな作家の大好きな作品を何度も読むことの方が、今の自分には合っているかもしれない、と。
学生のころはお金がなかったから、同じ本を何度も繰り返し読んでいました。言い回しまで覚えてしまうほど読んだ本が何冊もあります。
社会人になってからある程度自由にお金を使えるようになると、どんどん新刊を買うようになりました。積読も増えました。いつのまにか、本を読むことよりも本を集めることが目的になってしまっているような気がしてしまいます。深く何度も読む、ということが少なくなったことが心残りです。
しばらくは、お気に入りの作家をゆっくり読み返していこうと思っています。まずは舞城王太郎から。と同時に、お気に入りの作家の次の新刊を、首を長くして待ちます。
読書が趣味でよかった、と思います。それは、次の楽しみがいつもある、ということだから。
生きていくのは大変ですが、それでもその先に何か楽しみがあると、もう少しだけがんばろう、と思えます。
そしてそれが、ああ、この本を読めて良かった、生きていて良かった、と思えるほどの傑作であることが生きている意味の一つだと思っています。