先日、娘を連れて大ゴッホ展に行ってきました。なぜかゴッホが好きな我が娘。
お目当ては、娘がかねてからお気に入りの『夜のカフェテラス』です。本やスマホの画面で何度も見ていた一枚を、ようやく本物で見られる。
会場でその前に立ったとき、娘はしばらく黙ったまま、じっと絵を見上げていました。
近づいてみると、印刷ではわからなかったものが見えてきます。絵の具は思っていたよりもずっと厚く塗り重ねられていて、カフェを照らす黄色い灯りも、その上に広がる夜空の青も、絵肌がでこぼこと盛り上がっている。
「写真と全然ちがうね」と娘がぽつりと言いました。その一言に、わざわざ足を運んだ甲斐があったなと思ったのです。
知っていることと、実際にその前に立つこと。この二つは、似ているようでまるで違います。画面の中で完結していた「好き」が、本物に触れた瞬間にぐっと深くなる―その手応えを子ども自身が言葉にした場面に立ち会えたのは、親としても、教える仕事をする者としても、得がたい時間でした。
また、いま娘がご執心の『本好きの下剋上』のポップアップストアにも連れて行き(行かれ)こちらも大喜び。
ご存じの方も多いと思いますが、本が大好きな主人公が「ないなら自分で作ってしまおう」と奮闘していく物語です。本が好きで好きでたまらない女の子の話に夢中になっている娘を見ていると、なんだか微笑ましくなります。
絵に夢中になり、物語に夢中になる。入り口はばらばらでも、根っこにあるのは同じ「好き」なのだろうと思います。
塾で生徒たちを見ていても、何かに本気で夢中になっているときの吸収力には、いつも驚かされます。
それが勉強かどうか、役に立つかどうかは、ひとまず脇に置いていい。夢中になれるものがある、その経験そのものが、後々いろいろなところへつながっていくからです。
帰り道、娘はずっと絵の話と、ポップアップで買ったグッズの話を交互にしていました。
何を見て、何を感じたか。それを自分の言葉で話せること自体が、きっと一番の収穫だったのだと思います。
あなた自身のキラキラがもっともっとたくさん見つかりますように。
