宮崎興治の生徒に!保護者へ!塾内日誌!

BLOGわたしはこうして英語にはまった(中学生まで編)(阪田)

2026.07.06

阪田です。自分の学生時代はどんな勉強をしていたのかを思い出してぼちぼち書いていこうと思います。

1982年6月2日。広島県で誕生。2000gを切るほどの低体重児としてスリムかつスマートに生まれる。

幼稚園時代。NHK『人体の不思議』を見て、キラーT細胞とマクロファージのかっこよさに心酔し、祖母の買ってくれた本版を舐めるように読む。いまもわりかしときめく。幼稚園の先生の「音が聞こえるのはなぜ〜?」という質問に周りが「耳ー!」と答えるなか、「外耳道を通って鼓膜を震わせ、それが耳小骨に伝わって、その振動が蝸牛のなかのリンパ液を震わせて、、、」とながなが説明をする。この伝説は天応めぐみ幼稚園で語り継がれた。この頃から周囲の空気が読めなかったことを示す逸話。もう一つの逸話は、般若心経を暗唱しながら砂場で遊んでいたこと。修行僧すぎる。

小学校低学年時代。読書好きで、週に何度も呉の図書館につれていけとわめく子供だった。以前から小児喘息がひどく、夜間救急に行ったりや入院を繰り返したりしていた。夜、車で連れて行ってくれた父が、点滴中に読むためにマガジンとかジャンプとかをコンビニで買ってきてくれたのを覚えている(号がとんでいるので話はよくわからないけど、文字が読めればなんでもよかった)。入院中も進研ゼミのチャレンジをやっていたらしい。一日中勉強できて入院超楽しいっす!とか言ってたらしい。こないだ当時のお医者さんから聞いて、我ながら引いた。

そろばんや習字やスイミングやピアノなどさまざまな習い事をやっていたものの、そろばん以外は身に付かず。唯一そろばんは小学校低学年で珠算1級・暗算2段(たしか)。計算なら誰にも負けないぜ!と思っていた私は、ある日授業での百ます計算早解き大会でU田君に惜敗。負けてなるものか!と思い、即日塾に通うことを決意。親に頼み込んでO州塾に入れてもらうことになる。4年生のころの話。

小学校高学年時代。塾に行くのが楽しくて仕方がない時期。早く行ったり残ったり塾の無い日も行ったりしながら先生にまとわりついていた。「先生、なんか問題ください」というと、適当に入試問題をワンセット出してくれたので解いて答え合わせをして質問して帰る。当時の先生が大好きで、良い先生に巡り合えてよかった。家での勉強は母親がついてスパルタで行われていたが、その甲斐あって成績は伸びていく。ラジオでオールナイトニッポンとか聞いてた記憶があるのだけれど、何時まで起きてたんだ、俺。まぁ勉強がんばった結果、スパ選組なる選抜クラスがあったのだが、そこに無事に入り、授業料は無料。親孝行。灘・ラサール・愛光とかも受けにいかせてくれて(行かせられて)旅行気分で写真を撮るも、宿の料理の写真ばかり。灘は不合格、ラサール・愛光は合格。寮生活への憧れもあったが、経済的な事情により断念。広島学院中学へ進学を決める。この時の塾の先生への憧れがのちの職業を決定することになる。子ども心にかっこよかったのだ。

中学校時代。広島学院中学校に進学するも、しょっぱなからついていけなくなる。代数や幾何、英語、まったく何一つ理解できない。因数分解てなに?解の公式なんだこれ?Z会を始めたもののひとっつもわからなくて4月号から挫折する。とにかく授業がつまらない。なにも理解できない。太っちょで喘息もちだったので部活もできない。学校つまんない。質問にいこうにもなにを質問したらいいかわからない。進学校の環境に馴染めない典型的な生徒だった。

中2のある日、英語の授業の時に、英検3級受けたい人はあとで英語科研究室の先生のとこまで来い、と言われた。希望者だけ受ければいいものだったんだけど、なんとなく受けようと思って申し込みにいった、そしたらそこにいたO庭先生が、「お前なんか受かるわけないだろば〜か!」というようなことを言った。キャラ的にそう言うのが許されるような人ではあったのだが、これがめちゃくちゃ頭に来て、「いつかあいつを見返してやる、、、!」と固く決意するのだった。

そこから英語をめちゃくちゃ勉強し始め、生活は英語一色になる。ラジオの英会話講座や、アルクの通信教育ヒアリングマラソンをやっていた。絶望的に何もわからないながらも、学校の行き帰りの道は電車のなかはリスニング、市電に乗らず徒歩で20〜30分くらいかけて行き、ラジオ英会話のテキストを暗唱しながら歩く。学校の教科書に英語の雑誌の切り抜きを挟んで内職。隙間時間に英文解釈。この時期に吉ゆうそう『英語超独学法』を読み、國弘正雄・長崎玄弥・松本道弘などの英語の巨人の本を片っ端から読み、英語道にはまり込む。

家ではひたすら音読とシャドーイングを繰り返していた。中2で英検3級、中3で英検準2級と2級を取得。道を極める遠さを実感しながらも徐々に上達していく感覚が楽しかった。僕にとっての部活は英語で、生活のすべては英語を中心に回っていて、とにかく英語に惚れ込んでいた。始めたころは難しすぎたヒアリングマラソンも徐々に聞き取れるようになってきた。

このころ英語の本を探しまくっていくうちに、ノートの取り方や参考書への取り組み方など学習法に関する本にも出会い、こちらも片っ端から読んでいく。他の科目にはまったく手をつけていなくてひどいもんだったが、学習法に関する知識だけは蓄積していった。(続く)

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