宮崎興治の生徒に!保護者へ!塾内日誌!

BLOG簡単なものを難しく、難しいものを簡単に(阪田)

2026.10.13

井上ひさしの「むずかしいことをやさしく、やさしいことをふかく」という言葉は、教える仕事をしている人なら一度は耳にしたことがあるかもしれません。私もずっと大切にしてきた言葉です。ちなみに「むずかしいことをやさしく、やさしいことをふかく、ふかいことをおもしろく、おもしろいことをまじめに、まじめなことをゆかいに、そしてゆかいなことはあくまでゆかいに」と続きます。

自分の中ではこう言い換えています。「簡単なものを難しく、難しいものを簡単に」。

今回は、この少しひねくれた言い方に込めている思いについて、書いてみようと思います。

中学一年生で習う三単現の s。主語が三人称単数で現在形なら、動詞に s をつける。ルールとしてはこれで十分ですし、ほとんどの生徒は「わかった」と言います。

でも、少し立ち止まって考えてみると、不思議なことがたくさんあります。なぜ三人称単数だけなのか。過去形ではなぜ消えるのか。can や must にはなぜつかないのか。こうした問いを抱えたまま英語に触れていくと、「動詞が主語に合わせて形を変える」という、英語がかつて持っていた仕組みの名残が見えてきます。そこから、時制や助動詞や仮定法へと、一本の線がつながっていきます。

物理の F=ma も同じです。式を覚えて数値を代入するだけなら、一分で済みます。けれど、ここでいう力とは何なのか、質量とは何なのか、なぜ速度ではなく加速度なのか。そう問い始めると、一つの式がとたんに重く、深いものになっていきます。

「簡単なものを難しくする」というのは、わざと話をややこしくすることではありません。わかったつもりで通り過ぎてきた場所に、もう一度戻ってみることです。基本と呼ばれるものほど、実はいちばん深いところにつながっているように思います。

反対に、入試の難問を前にすると、多くの生徒は固まってしまいます。長い英文、見慣れない設定の物理の問題。「こんなの習っていない」と感じるのは自然なことです。

けれど、難問の多くは、まったく新しい何かでできているわけではありません。たいていは、これまでに学んだ基本がいくつか組み合わさり、少し見えにくい形で置かれているだけです。一文が五行に及ぶ英文も、主語と動詞を見つけ、修飾の関係をほどいていけば、中学で学んだ文型に戻っていきます。複雑に見える力学の問題も、物体ごとに力を書き出し、運動方程式を立てるところから始まります。

「難しいものを簡単にする」というのは、問題を易しく言い換えることではなく、基本の組み合わせとして見えるまで、ほどいていくことです。そのとき頼りになるのは、特別な解法のテクニックよりも、基本をどれだけ深く知っているかなのだと感じます。

こうして並べてみると、二つは別々のことではないのかもしれません。基本を根っこから理解しているからこそ、難問の中に基本の姿形を見つけられる。そして難問をほどいていく経験が、基本の意味をもう一度深くしてくれる。行ったり来たりしているうちに、どちらも少しずつ確かなものになっていくように思います。

逆に、基本を「簡単なもの」として素通りしてしまうと、難問は永遠に「難しいもの」のままです。解法を一つずつ覚えていくしかなくなり、見たことのない問題に出会うたびに、また一から覚え直すことになります。

どちらの勉強法が正しい、という話ではありません。ただ、遠回りに見える前者の道のほうが、結局は遠くまで歩いていけるのではないでしょうか。

授業で「それはなぜ?」と聞くと、生徒は少し困った顔をします。答えを覚えていれば済むはずのところで、わざわざ立ち止まらされるのですから、無理もありません。それでも、その小さな困惑の時間を、私は大切にしたいと思っています。

簡単に見えるものの奥をのぞいてみること。難しく見えるものを、知っているもののつながりとして眺め直すこと。どちらも時間はかかりますが、そうして身につけたものは、試験が終わったあとも静かに残り続けるはずです。

わかったつもりの場所に、ときどき戻ってみる。そんな学びを続けていけたらと思います。

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